ドイツ聖書協会より発行された、ラテン語・ギリシア語対照新約聖書です。ヨーロッパ文化の根幹であるラテン語とギリシア語で新約聖書の文言を覚えておくことは、ヨーロッパの読書人にとっては必須の教養ですので、根強いに人気があります。また、ラテン語テキストの新ウルガタ(Nova Vulgata)はカトリック教会の公認本文ですので、基準となるラテン語テキストとギリシア語聖書の異同を比較しつつ読むことができる点で非常に便利な聖書です。
【ラテン語聖書 新・ウルガタについて】
1979年4月25日に出されたローマ教皇ヨハネ・パウロ二世による使徒憲章『スクリプトゥラールム・テザウルス』(Scripturarum Thesaurus)によりNova Vulgataと呼ばれ、カトリック教会の公認本文となったラテン語新約聖書です。ギリシア語新約聖書で有名なエーバーハルト・ネストレ(Eberhard Nestle)は、1906年にNovum Testamentum Latineを発行し、その後クルト・アーラントが引き継いだことで、本書もネストレ・アーラントの名を冠することになります。本書のラテン語テキストは、2014年発行の第3版です。
ウルガタの歴史は、「ラテン語 聖書 ウルガタ 第5版 5303」に書かせていただきましたが、ウルガタが1546年のトリエント公会議にて正典と認められ、テキストとして1592年のクレメンティナ版が公認本文でした。しかし、近代写本学の進展及び新たな有力な写本が発見され、ワーズワース・ホワイト・スパークスによって、1954年に「Novum Testamentum Domini nostri Iesu Christi Latine secundum editionem S.Hieronymi(聖ヒエロニムス版に基づいたラテン語による我らの主イエス・キリストの新しい契約)」が刊行され、また、1969年にはシュトットガルト版ウルガタ(Vulgata Stuttgartiensis)として、「Biblia Sacra iuxta vulgatam versionem(ウルガタ諸版からの校訂本聖書)」が刊行されております。
第二バチカン公会議の決定を受けて、教皇庁ではクレメンティナ版からのラテン語聖書刷新を始めました。1970年から新約聖書の各書が順次刊行され、1979年までに完了し、前出の使徒憲章により公認本文とされました。 本書は、Nova Vulgataの刊行を受けて、テキスト本文をNova Vulgataとし、欄外の脚注(apparatus criticus)を加えた校訂本で、1983年に初版が刊行されております。
【ギリシア語聖書 ネストレ・アーラント28版について】
ギリシア語新約聖書ネストレ=アーラント第28版(以下NA28)は、新約聖書ギリシア語の批判的校訂本の最新版です。
新約聖書はギリシア語で書かれたというのは、現在では一般常識の部類に入る知識ですが、私たちがそのテキストを手にするまでの間には大きな苦難の歴史がありました。近代におけるギリシア語新約聖書の“印刷本”はエラスムスによって、1516年に発行された「校訂版 新約聖書」です。印刷による書籍の刊行が可能になることによって、今まで人の手によって転写してきた写本の山から、“本来の新約聖書のテキスト”を求める旅が始まったのです。写本を探す冒険は、特に19世紀におけるティッシェンドルフによるシナイ写本の発見などが有名ですが、そのような発見を重ねた先にどのように聖書を批判的に校訂していくかが課題となりました。1898年にエーバーハルト・ネストレ(Eberhard Nestle)によって発行された本シリーズの初版Novum Testamentum Graeceは、このような本文批評における異文資料の情報提供をコンパクトに行うことができる画期的な手法を生み出し、その後のNAシリーズの基礎を築きました。1927年の13版よりエーバーハルトの息子であるエルヴィン(Erwin)が引き継ぎ、1950年代よりクルト・アーラント(Kurt Aland)が参加することで、本シリーズはネストレ=アーラントのブランド名にて呼ばれるようになりました。
余談ではありますが、クルト・アーラントの夫人であるバーバラ・アーラント(Barbara Aland)も世界的に著名な聖書本文学者であり、NAシリーズの主要編集者の一人です。NAの名前の背後には、ネストレ父子とアーラント夫妻がいることになります。
現在のNAシリーズは、新約聖書ギリシア語本文を探求する大型批評版(ECM:Editio Critica Maior)の成果を反映してテキストのアップデートがなされます。今回のNA28においては、公同書簡のECMが発行されたことを受けて、公同書簡が改訂されております。